天穹に蓮華の咲く宵を目指して
    〜かぐわしきは 君の… 2

 “安息日(シャバット)"  後編



くどいようだが、この夏は
連日のように猛烈な暑さが報告されており、
四国の某市では、
数年前の酷暑の夏に関東で記録した
日本最高気温の数値をとうとう突破したとかで。
湿気も物凄いことから、熱中症で倒れる人が続出しているため、
体調管理には くれぐれも用心をという注意喚起が、
定時のニュースでも
トップニュースの次という扱いで連日のように報じられているくらい。
今日も暑くなるのかと匂わせるよな、蝉の大合唱が降る中を、
そこはまだまだ体力には自信がありますと、
見た目30代前半、その実 ミレニアム越えという高齢聖人が、
JR駅のほうへ向かってたったか走ってったのを、
家の前の植木棚に据えた、朝顔の鉢への水やりに出て来たご隠居が
おやおやと首を伸ばして見送ってくださる。

 “ブッダさんならともかく、イエスさんの方がとは珍しいねぇ。”

ああいやいや、時々は“アルバイトに遅れる”って走ってたかなと、
その辺を思い出し、くすくすと楽しそうに笑っておいでで。
ちょっと距離があったので気がつかなんだのだろうけれど、
今朝のイエスはその時ほど焦ってはいない。
むしろ、お楽しみ目指してという気の逸りから、
口許はうっすらとほころんでいたし、
うっかりと束ねて来なかった不揃いの長い髪が、
そのお背(おせな)で弾むのが、何とも颯爽として見えたほど。
下町の住宅街からの離れ際辺りでは、
さすがに夏休みとあって、
こんな中途半端な時間にもかかわらず、
数人ほどの子供らが彼らの御用から駆けているのと擦れ違いもして。
揃ってビニールのバッグを提げているから、ああプールに行くのかな、
私たちも今日の御用が終わったら、
久し振りに市民プールへ出掛けてもいいかななんて。
ますますのこと口許をふやけさせていた様子ごと、
じいと眺めていた視線があったこと、
この時点では丸きり気がつかなんだイエスだったりするのである。




意味深でマル秘なお出掛けだったのは、
まずは自分がちゃんと確かめてから、
ブッダへのご披露と運びたかったからに他ならず。
ただ、そういったナイショの段取りは、
組むのも進めるのもあまり上手とは言えない不器用さんなので、

 “スチームオーブンのためのバイトだって、
  あっさりバレてちゃったしネ。”

まま、結果としては微妙だったらしいけど、
それでも…要領がいいとは言えない自分だってことは
ようよう自覚できた経緯でもあったので。
今回は こそこそ隠すよりいっそと思い切ってのこと、
アルバイトに行ってくると ブッダへ言い置いて出掛けていたし、
今日の今日だとて、下手な誤魔化しを繰り出さず
“内緒”と胸を張って言い放って見せたイエスなのであり。

 「♪♪♪〜♪」

お電話くださった方のお宅へと、
鉄砲玉か、いやいやベツレヘムの流れ星のごとく、
日頃のやや怠惰な彼は
この日のために馬力をためていたのだと力説して通ったかも知れぬほど、
それはしゃにむに馳せ参じた……その数刻後。

 もうもうどうしよう、こうまで上首尾に運んでるなら
 最初からブッダと一緒に来ればよかったかもvv と

直訳すると そうと言わんばかりの上機嫌、
どう我慢しても甘くほころんでしまう口許を無理から食いしばっては、
却って不審なお顔になってしまったり。
ついつい辛抱たまらず、立ち止まったその場で
エアーダッシュを思わせる勢いで地団駄踏んでしまったり、と。
格別な“嬉しい”があふれんばかりになっていて、
狂おしいこと この上ない状態であるらしく。
ああもう、走って来たから早く到着しすぎたしぃ、
10時までなんて随分と時間が余っちゃったじゃない。
何なら携帯でブッダも呼んじゃおうかな。
でも、思わせ振りに“ナイショ”なんて言っちゃったし、
だって言うのにそれって、ちょっとカッコ悪いよなぁ…なんて。
嬉しいことのお預けという、
隠しごとが大の苦手なイエスにとって、ある意味 立派な苦行を前に、
(…といっても30分と少々という他愛ない代物だったが)
ああもう どうしてくれようか、
まんが喫茶やカラオケへ入るには中途半端だしと
商店街の突き当たりの外、
駅までの通りとつながる小さめの広場で、
散歩の途中でご主人様からリードごと待たされている
人懐っこいわんこよろしく、
落ち着きのない微妙な挙動不審でいたところ。

 「…おや、イエス様ではありませんか?」

午前中ならまだましかと、
散歩や通院へはやばやと出掛けて来ていた人々で満ちていた大通り。
そんな中にて何とも厳かな御名を紡いだ、
それは張りのある声へと、居合わせた人々が注目を送る。
その中には、呼ばれた当のご本人も勿論いて、

 「…あ。」

はいと応じたも同じこと、そこから歩み出したお髭の男衆の風体を見て、
ああ何だ、只のあだ名かいと苦笑した人も多い中。
呼ばれた側以上に真面目で鷹揚なお顔、
彼なりの朗らかな笑みにて、炎天に負けじと輝かせていたその人へ、

 “ブッダが言ってた通りだなぁ。”

昨日の今日なのに、立川までわざわざ再来なさったらしいのを、
いっそ感心してしまったイエスであり。

 そう、彼こそは
 仏陀の教えを守護する天部の、しかも主幹筋にあたろう十二天の一柱。
 大元はインドの古代神ブラフマー、宇宙創造の神でもあるという
 梵天、その人であったのだった。
 …ああ、人ではないかしら?(ex,神様仏様は“柱”で数えます)
 いちいち ややこしいから、ま・いっか。(こら)





     ◇◇◇


一見すると、タワレコやツタヤのカウンターにいそうなタイプ。
背中の中ほどまで届きそうなほど長くした まとまりの悪い黒髪に、
茨の冠なんていうカチューシャを巻いた今時風のお洒落をし。
こちらも今時の男衆に多い、口ひげ顎ひげを整えている、
どこかあのジョニデに似ている風貌の異国人の男性の方は、
とはいえ、ここいらで時折見かける顔なので店員らにも馴染みがあったが。
そんな彼と向かい合う男性のほうは、残念ながらお初なせいか、

 誰かしら、何なのあの威圧感、目が笑ってないのが怖えぇよなどと、
 警戒と好奇心が綯い交ぜとなった、微妙な話題を呼んでいたようで。

片やは いかにも自由人風TシャツにGパンのひょろりとしたお兄さんだというに、
もう片やは…この途轍もない猛暑もあってのことクールビズ全盛な中、
イタリア製らしきスーツにネクタイという完全武装の雄々しき男性と来て。
装いだけでなくそれぞれが醸す雰囲気も、柔軟剛毅とあまりに極端な取り合わせ。
だってことから、周囲からの眸を引いてもしょうがない。
とはいえど、
梵天氏がブリーフケースを抱えていたため、

 「あ・もしかして、まんが家さんとかイラストレーターさんとか。」
 「そかそか。じゃああっちの人は編集の?」

  バイトの薫ちゃん、ニアピン賞!(おいおい)

…とまあ、
周囲からの憶測も何とか落としどころを見つけたところで。
ただ共にいるだけで何とはなく人目を引く、何とも奇抜な組み合わせ。
そんな二人が落ち着いたのが、駅舎内の小じゃれたカフェのボックス席であり。

 『こんなところでお会いするとは奇遇ですな。』
 『え? そうなんですか?』

ブッダに御用があっていらしたんじゃあないんですかと、
まま、そう思うのが妥当なところを素直に訊いたイエスだったのへ、
表情の肝だろう目許をやはり全く動かさぬまま、

 『いやなに。』

是とも否とも、どうとも取れそうな言いようを返した彼は、

 『まだ早い時間だというのに蒸しますな。
  どうです、そこいらでお茶でも飲みながらお話しなぞ。』

そんな風に言いながら、もうすたすたと歩き始めておいでであり。
まあ…こっちも10時までは時間潰しをしたかったところだしと、
イエスにも異論はなかったため、そのままついて来たという案配で。
エスプレッソをオーダーした梵天から、
何でもお好きなものをと勧められ、
だがまあ お腹は塞がっていたし、店内は十分冷房も効いていたのでと、
カフェラテ・フロートをウェイトレスさんへ通してのさて。
それぞれの飲み物にまずはと軽く口をつけてから、

 「いかがですか? イエス様、
  地上でのお暮らしも、結構落ち着いてこられましたか?」

小ぶりなテーブルの上に肘をつき、頼もしい両手を組み合わせると、
何だか やり手のフィナンシャル・アドバイザーみたいに、
まずはと無難な問いかけを口にする梵天氏であり。

  『いかがも何も』

しょっちゅう顔を出しておいでなのだし、
あの生真面目で頑固者なブッダへ、
社会通念から泣き落としまで(泣くのは読者だという持っていきようだが)、
ありとあらゆる論を繰り出しては説き伏せて、
随分な条件の原稿依頼を承諾させている辣腕編集者でもある彼のこと。
それへの資料という名目で、
彼ら最聖人二人の生活ぶりなぞ、当人たち以上に把握しておいでだろうにと。
ここにブッダ様が居合わせたなら、
苦虫咬みしめたようなお顔でそう思ったに違いないが、

 「不便などはありませんか? 天界とは勝手も随分と違うでしょうに。」

そうと畳み掛けられては、

 「それはまあ…。」

イエスとしても、否定は仕切れぬという応じ方をせざるを得ない。
何と言っても、イエスもブッダも人々への影響力があり過ぎる存在であり。
よって、素性を隠してのお忍びでなければ、
とてもとても地上世界への降臨なぞ出来なかろう御身。
それもあってのこと、御付きもなしの完全な自給自足、
もとえ、自分のことは自分で態勢のバカンスなのだから、
文明的にはあれこれ至便でも、
不慣れなところや不自由は山ほどあったが、

 「ですが休暇ですしね。
  不自由ライフも娯楽のうちというじゃないですか。
  それに、行動範囲も生活範囲もコンパクトですから、
  二人で十分あれこれ間に合ってますし。」

切れ長の双眸、柔らかくたわめ、ふふと穏やかに微笑ってから、

 「それに…ブッダが、それは良くしてくれているのです。
  不器用が過ぎる私の分までという勢いなものだから、
  いつも済まないなぁと思うほどで。」

済まないと言いつつ、お顔はやはり晴れやかなもの。
いっそ朗らかなくらいの笑顔を見せるイエスだったが、

 “ふむ…これも人柄というものか。
  いやいや、そうではないな…。”

反省がないとか甘え切っての凭れ切ってとかいう、
無神経な傲慢さというものは感じられないのが何とも不思議。
お仕えしたいと思わせるオーラなら、
自分で言うのも何だが梵天自身もその身にまとっているけれど、
昨日のブッダの構いつけからも判るように、
イエスの身から感じられるのは
伏して崇めよというような、高みから降りそそぐものではないようで。

 “小さき者・弱き者へと寄り添う慈愛というのが これだろうか。”

余力のある人は弱き者へ手を貸しておあげなさいと。
罪を悔いれば、善行へも素直に手を伸ばせよう、
そうやって皆で幸いの園へ向かいましょうとする尊い教えを
自ら体言しておいでなのかも知れず。

 “…ふむ。”

我ら天部が総力挙げて、庇護し見守って来た仏陀の、二人とない格の大親友。
確かに、父である神の言葉を人々へ判りやすく説いた聡明さから、
浄土世界でも知らぬ者はない高徳者として語られているし、
理路整然とは伝えにくいが、
こうして間近に接していると何とはなく…ああこれかと思うよな、
穏やかさとも安寧とも微妙に異なる、
だが、無性に居心地のいい“人の良さ”が、
止めどなくあふれておいでであり。
苛酷で厳しい“苦行”にて、その身その心を強靭に鍛え上げた上で、
やっと他者への慈愛をたたえる身となれる仏教とは、
手順やスペック的なものが違うらしい。

 “だから、惹かれているというのだろうか…。”

そも、そのように繊細でリリカルなものへの理解なぞ、
小宇宙を練り上げるよりも至難と言っていいだろう、
生まれというか存在である梵天なだけに。
この、天乃国の最聖人から、
やわに見えても、人の本質へとするする染みゆくもの、
人の心の中で、何物にも屈せず、強靭にして折れないものがあると、
知れただけでも大収穫のようなもの じゃああったのだが……。


  「そのシッダールタを、
   イエス様はどう思われますか?」


釈迦国の王子のころから、いやいやもっと過去の、
幾多と織り成された様々な前世の1つ1つより、
ずっとずっと見守り続けて来た希有なる逸材。
よって彼ら天部たちは今でも、愛しさを込めてのこと、
“目覚めた人 ブッダ”ではなく“シッダールタ”と呼ぶその人を。
愛してやまぬ、愛しくてやまぬ、奇跡の宝珠のような我らが和子を、
この、神の御子はさて、どう思っているものか。
清廉な説教以外には言葉数の乏しい、何とも拙い人性と聞いてはいるが、
果たしてどこまで把握出来ているものか、
それを人へと伝えられるまでの完成を見ているものかと。
森羅万象の創造者ゆえに、常に人の和子らの上の階層にいた身としては、
意地悪でも何でもなく、そうやってでしか物事や人物を評せぬ梵天が、
これでも随分と歩み寄り、
神殿のきざはしへ膝を突いてやっての
下方まで手を延べる構えになって問いかけた一言だったのだが。

 「素晴らしい人だと思います。」

ふふと微笑んで、イエスは事もなげに言ってのける。

 「意志の強い、頼もしい人で、
  それでいて人の弱さや愚かさ、罪深さも知っている。
  そんな拙さへも、豊かな慈愛で目を逸らすことなく見守ることが出来て。
  甘やかすばかりではなくの、だが、何となれば手を延べることも厭わない。
  驕りのない、聡明清涼な立派な方です。」

菜食ではない私が不満に感じぬほど、
それは美味しいお料理のレパートリーも増えたし。
夜型の私をやすやすと叩き起こすスキルも
随分と高めているし…ということで。

 「努力家だし勉強家で、常に前向きな強いお方です。」

そういう解釈が来るのね、こりはびっくり。(笑)
さすがに、そういう参考資料から述べられている賛辞だとは
一切通じていなかろう梵天が、
ほおと感心したように目を見張ったところへと、

 「なので、梵天さんから持ちかけられる苦行つきの原稿依頼も、
  さほど、心底いやだと思っているブッダではないと思うんです。」

おっとりとした語調のままながら、
おやおや、微妙に辛辣な話を始める彼でもあって。

 「ただ、あなたの強引さが、
  何でもかんでもあなたの望む結末へ導いているのが時に腹立たしくて、
  つい反抗的にもなるというか。」

いつもいつも、すぐの間近で見ている彼らの対峙。
ブッダの尖りようも判らなくはないけれど、
その陰にもうひとつ、
誰かさんからの、甘やかしておいでなればこその、
余裕の構えも見えるのは、イエスが微妙に当事者ではないからか。

 「皆が皆、快く賛同している訳ではないと、
  せめて自分だけでも反骨を示して、
  あなたへ一矢報いようと思っているように見えるのです。」

 「おお、仰有りますね。」

 「いやあの、すいません。生意気で。」

梵天が好んでブッダを苦しめたがっているとは思えない。
ただ、他で難儀をさせるぐらいならと、対しているようにしか思えない。
とはいえ、
自分としてはブッダの肩をこそ持ちたいので、

  ―― お父さん、どうかお手柔らかにと進言したくもなったらしく。

何とも微妙に的を外してくださったが、
そこがまた憎めないのが何ともしがたくて いっそ恐れ入る。
何度見ても見回しても、
たかだか2000歳ほどというひよっこ、
そうであるという以上の何も持たないまとわない、ただの青二才だというに。
この私へ恐れず意見したことへ、
見上げたものよと快笑と共に思わせる、不思議な器の持ち主で。

 「さすがはヨシュア様ですね、ちゃんと判っていらっしゃる。」

その割にお答えは的を外していたこと、こたびは黙っててあげましょう。
だって私の問いかけも思えば随分な的外れでしたから…。

 “どうかあの子を、シッダールタをよろしくお願いしますね?”





     ◇◇◇



店から出て、待ち合わせた改札へ向かいかかれば、
通りのほうからやってくるブッダの姿が視野に入った。
それは向こうも同じなようで、
だが、見る見るとその表情が硬くなって行くのも見て取れて。
イエスはともかく、その隣に立っている人物への
強烈なアレルギー反応が出たというところだろうか。
当然、それへと気づいたのだろう梵天氏、

 「では、私はこれで、」
 「え? ブッダとは逢っていかれないのですか?」

 「昨日の今日ですよ?」

自分がこうして現れておきながら、
おやおや困った人だという笑いようを、あくまでも口許にだけ浮かべると。
頼もしい大きな手でイエスの細い肩をポンと叩き、

 「あなたにお任せして大丈夫かと思いますが、
  ただ、決してお心を緩ませたりなさらぬように。」

 「は、はい。」

よくよく言葉を省略なさるのは、
もしかしてせっかちだからか、
それとも彼の側からは万物を把握しておいでなので、
それで通じるとついつい思ってしまわれるのか。
はいと言いはしたけれど、
何を指してのことだろかと、小首を傾げかかったイエスへ、

 「シッダールタは私どもの至宝ですからね。」

ようやっと主語、いやさ目的語となるものを提示した梵天だったのへ、
ああと納得のいった笑み浮かべ、

 「私にとっても掛け替えのない人ですもの。」

胸を張ったイエスなのへ、
おっと目を見張ってから、笑みを重ねて立ち去る梵天だったのと、
正しくもっての入れ違い。

 「イエスっ、」

随分と急ぎ足になっていたらしいブッダが、
ようやっと追いついたが、いかんせん片やは逃がしたかと言わんばかり、
大きく息をつきつつ、
雑踏の中を去ってゆく偉丈夫の後ろ姿を強い視線で睨み据える。

 「早かったね、ブッ…。」
 「どういうことだい、イエス。」

こちらの言葉自体も訊いていたかどうか怪しい間合いで、
勢い込んで問いかけるブッダなのがどうしてか。
当事者でないほど理解しやすい錯綜が、
彼らの間柄の上へと走っているようであり。

 「君、梵天と逢っていたのかい?」

自分を留守番させておいて、選りにも選ってあの天部と逢っていたなんてと、
ブッダのお怒りはそれなり判りやすい真っ直ぐなそれであり。

 「うん。さっきまで話してた。」

イエスの応じもまた、それは真っ直ぐなそれだったから、
真っ直ぐ同士で咬み合わないこと この上もなかったけれど。

 「…何を話していたっていうの。」
 「えっと、君のこととか。」

嘘はついてないだけに、何ともさらりと言い放つイエスであるのが、
この際はブッダの胸のうちを掻き回してやまぬ。
それでなくとも
結構つれない言いようを残して彼をアパートへ置き去りにしたイエスだというに。
そうまでして逢っていた相手が梵天だと来ては、(いやいや いやいや…)

 「私の前では話せないこと?」
 「ブッダ?」

ここでやっとのこと、様子がおかしいと気が付いたイエスの肩を、
逃すものかと思うたか、ぐっと掴んだ彼の手が熱い。
こんな力強い捕まえようなど、
これまでしたことがないんじゃなかろうかと思ったほど、
容赦も斟酌もない捕まえようだったのへ、
彼の真剣さを感じ取ってのそれから、

 「…あ、もしかして誤解してるでしょ。」

それはあっけらかんと、何とも間の悪い言いようをするのが、
ブッダの硬化しかけていた感情を煽りかかったのだけれど。
そこは後ろ暗さや疚しさのないイエスであったから、
焦りもせずの落ち着いた態度のまま、

 「さっきの電話は梵天さんが掛けて来たんじゃないよ。」
 「そんなこと…っ
 「ほら。」

誤魔化されやしないと言いかかるお顔の前へ、
イエスが自分の携帯へ履歴を表示させたのをかざして見せる。
そこには、

 「汐潮呉服店…?」
 「うん。商店街の奥のほうにあるお店だよ?」

梵天さんが仮の名として使ったんじゃないかって思うのなら、
今からここへ掛けてみればいいんだしと、
言ったそのまま、リダイヤルの操作をするイエスであり、

 Trrrrrrr、Trrrrrrrr、(ぷち)

 【 はい、汐潮呉服店です。】

 「あ、聖です。おばさん? こんにちは。」

 【 ああなんだ、イエスちゃんなのかい?
   どうしたんだね、お友達はまだ来ないのかい?
   ウチの人が採寸済んだらすぐにも縫製に入んぞって、
   明日までに仕上げてビックリさせてやらぁなんて言ってたのにさ。】

 「うん、今来てくれたから、そっちへ連れてくね?」

 【 はいよ、待ってるからね。】

ブッダにも聞こえるようにというオープントークにしての会話。
相手は 少々お年を召しておいでだろう熟年世代のご婦人だったようで、

 「……イエス?」
 「だから。電話は電話で、梵天さんとは此処で偶然逢ったの。」

昨日ブッダが言ってたでしょう?
また来てねなんて言ったら明日にだって来かねないって。

 「言ってなくてもブッダの言ってた通りだよって、
  わたしだって驚いたもの。」

楽しい驚きだったという笑いよう、うふふと目元をたわめるイエスなのへ、
ブッダは逆にドッと疲れたか、
トートバッグを提げてた肩が見るからに下がったのが判りやすい。

 「全くあの人は。……あ、でも、話はしたんだよね?」
 「うんっ。」

それも、私のこととかって言ってたようなと、
さっきまでとは…本人が居ないところでどんな揚げつらいをしていたのだ、
どんな報告を強いられたのだと勢い込んでたそれとは、
さすがに把握も違うものの、

  それでも…あのね? 気になるには違いなくて。

 「………どんな話を、したの?」
 「内緒。」
 「いえすぅ。///////」

心底困ったように声を張ったブッダへと、
周囲の人々からの注目も集まったほどだったのが、
イエスには おややと目を見張るほどに意外や意外で。
こんな開けた場所で、
迷子になってたみたいな、縋るような声を出すなんて。

 “でも、まだ螺髪のまんまだもんね。”

ブッダって本当に強い人だよねと、こんなところでも感心し、

 「あのね、シッダールタをこれからもよろしくって。」
 「はい?」
 「でもね、油断してると許しませんて。」
 「はぁあ?//////////」

 何だよそれ、何かまるで…

 うん。ウチの娘をよろしくって言われたみたいだよね。

 なっ////////

ますますと真っ赤になったブッダの手を取り、
さあこっちこっちと、駅舎の前から勢い良く駆け出す。
平日だったから、こんな時間だとそれほど人の行き来もなかったけれど、
それでも全くいないわけではない中を、
すれ違う人へぶつからぬよう、結構上手にたったか走ったイエスだったのは、
いつもの習いで予測することがあったからで。

 「ちょ、待ってよ、イエスっ!///////」

運動能力はイエスより遥かに上なはずのブッダが、
なのに待ってと言い、つないでいた手を引いたのへ振り返れば、

 「…ありゃ。」
 「ありゃじゃあないっ。////////」

こちらさんは さらさらが過ぎて収まりの悪い、深藍の髪が長々と、
彼のやさしい肩や背中へ、そりゃあ豊かにあふれていて。
振り返りがてら、
ぎりぎりで差しかかってた
商店街の最初の路地裏への小道へ飛び込んでいたので、

 「大丈夫、
  何かひらひらしたのが走ってくなってくらいしか、
  人目は引かなかったと思うよ?」

それでなくとも、高校生があちこちで
ハンディカム回しては文化祭用の映像とか撮ってるしと。
相変わらず、妙なことへと通じておいでのイエスの物言いへ、

 「君って段々と、梵天と同じような大雑把な思考になってないかい?」

ブッダ様、それは別のシリーズだってば。(苦笑)
肩から落ちかかるトートバッグをよいしょと直し、
どちらかといやイエスのためにだが、
このところ常備しているらしい輪にしたヘアゴムを取り出すと、
肘をかかげて二の腕見せつつ、うなじで髪を結わえるブッダであり。

 「…。」
 「なに?」

そんな所作ごと、じいと見つめるイエスだったのへ、
何か気になる?と、さすがのツーカーを生かして短く訊けば、

 「うん。凛々しいところが静子さんを彷彿とさせるなぁって。///////」

静子さんといや知己の中では屈指の美人、
なので褒めてるつもりなんだろうけど、

 “何でそこで女性が出て来るのかな。”

しかもお顔を赤くして、と。
ご本人としては仄かに不満か、そこを問いたくもなったりし。
とはいえ、何だかもうどうでも良くなって来て。

 「で?
  呉服屋さんからのお電話と、
  買い物前に私を連れてく段取りになってたお話っていうのは、
  詰まるところ何?」

 「え〜っ? ブッダったら まだ判らないの?」

聡明で機転も利いて、洞察力もたんとあるブッダなのに。
何でもお見通しで、

 「プチシューのつまみ食いも、タコ焼きのつまみ食いも、
  冷蔵庫を覗くこともなくのあっと言う間に見破るくせに。」

 「……それは君の詰めが甘いからだよ。」

指先を舐めてたり、ソースが口元についてたりするんだもの、
判らなくてどうするかって、


  「……じゃあなくてっ


 はい、次のお話へ続きますvv







BACK/NEXT


  *はい、お疲れさまでした。
   梵天とイエスの一番長い日でございました。(ば〜い、さだまさし。)

   何とはなくお気づきの方もおいでだったようですが、
   ウチの梵天さんはこういうポジションだということで。
   ちょっと知恵が付いた息子が反抗期を迎えて、
   一丁前に楯突くのが面白くてしょうがないお父さん属性です。(長いぞ)
   シャンクスです、妖一郎さんです。
   坊や(…おい)が好きですし、何よりも大切なんですが、
   余裕がある分、肝心な息子から嫌がられるという損な役回りです。
   SなんだかMなんだか微妙です。(うぉい)笑

   何でもお見通しなお人でもあるので、
   ややこしい恋をしたらしい息子が、
   そうは見えねど、やや心配になったらしいのですが、
   とりあえず、
   イエスの人性なら大丈夫かなと安堵したってトコでしょか。
   勿論、これからもスタンス的には変わりませんで、
   ブッダさん、胃炎で倒れないように、
   ストレス対策の苦行とか頑張ってね。(こらこら)

  *そしてそして、お話はまだ続きます。
   聡明なブッダが判らないなんてと、イエスがびっくりしておりましたが、
   そこはいみじくも混乱したからで、
   察してやってくださると幸いです。


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